ツヴァイクを読むのがこれがはじめてだが、実に面白かった。いままで読んだことがなかったことは人生の損失だったと思うくらい。
マゼランの世界一周航海は有名なので航海者としての偉大さはよくわかっているつもりだったが〔あのマゼラン海峡を海図とGPSなしで通過できたことは奇跡に近い〕、それ以上にプロジェクト準備と全員の統率に実に緻密で果敢な判断力を発揮した戦略家であったこともこの本でわかった。母国ポルトガルで国王に疎んじられ、ライバルのスペインに企画を持ち込み成功するが、母国からは裏切り者扱いされ、スペインでは成り上がり者だとして既得権階級から徹底的にいじめられ、サボタージュと妨害行為が横行する四面楚歌の中で、マゼランは着々と出発の準備を進める。積荷の詳細リスト作成から荷積みの際に樽一つ一つまで自分で点検した。乗組員も自分では決めることが出来ず、信頼できるものはほとんど居ない状況のなかで、いい加減な天文学者がでっち上げた全く誤った海図だけを頼りに非常に過酷な航海をはじめるのだ。しかし彼の企画のベースとなっていた秘密の海図が間違っていたことがわかる。お目付役のスペイン人貴族たちは秘密海図の公表と針路についての公の議論を要求する。マゼランは絶体絶命。その中でマゼランは天才的な統率力を発揮し土壇場での大逆転に成功するのだ。まるでサスペンス小説のよう。不幸にして成功を目前にしてマゼランはフィリピンで死ぬ。彼の意志は生存できた乗組員〔マゼランに最後まで非協力的だった〕によって貫徹されるが、しょせん死んでしまったらお終い。栄光は裏切り者たちが独占することとなる。歴史が勝者によって書かれるのは現代と同じ。でも天網恢々疎にして漏らさず。いまやマゼランの偉さは誰でも知っている。何世紀かかるかわからないけれど、やがては真実が明らかになるのだ。
細かいこと。マゼランは積荷の中に大量の釣り具と漁網を入れている。当時の船員たちの「主食」は魚だったとのこと。これは意外だった。塩漬け肉と乾燥豌豆、それにビスケットだと思っていたから。マゼラン艦隊は太平洋を横断中にひどい飢餓に陥る。マストに巻いた牛皮まで食ったというからすごい。海の真ん中で漁具を持ちながら餓えるとは、当時の人たちはきっと釣りが下手だったのだろうと思う。
アメリゴの話も面白かった。「アメリカ」という名前の元となったあのアメリゴ・ヴェスプッチである。コロンブスの失脚後一躍アメリゴが新大陸の発見者と言うことでヒーローとなり、その後しばらくして、今度はコロンブスこそえらかった、アメリゴはコロンブスの栄光を盗みとった悪者であると弾劾される。しかしアメリカの生みの親という超有名人でありながら、歴史上ほとんど彼の記録が残っていない。このアメリゴとはどういう人物であったのか、ツヴァイクは浩瀚な考證を積み上げながら明らかにして行く。結論は驚くなかれ、いわゆる英雄とはほど遠い実に平凡極まりない人物であったのだ。しかしこの人物にツヴァイクは好感を抱いているようにも見える。平凡な商館傭われ人に過ぎなかったけれど、真面目で公平な人間であったらしい。彼の栄光の元となった新大陸発見のパンフレットも出版業者が勝手に印刷したもので、彼の意図でもなかった。こんな普通の人を周囲が勝手に英雄と祭り上げ、その後勝手に悪者扱いをして、世間の毀誉褒貶に翻弄された人物なのである。ただ、決して新大陸に一番乗りはしていないけれど「新世界」という言葉を最初に使用したことは事実のようだ。その点自分が発見した島を最後までインドの一部であると主張し続けたコロンブスとは大きく異なる。「最初にそれを発見したコロンブスと最初にそれを認識したアメリゴ」というツヴァイクの評価は重い。
ツヴァイク全集〈16〉マゼラン,アメリゴ (1972年)
ツヴァイクの伝記には、この他に「ジョゼフ・フーシェ」、「マリー・アントワネット」、「メリー・スチュアート」などがある。当分楽しめそう。
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